日越国際結婚体験記〜私たちの文化の架け橋〜

# 日越国際結婚体験記〜私たちの文化の架け橋〜

国際結婚は単に二人の人間の結びつきだけでなく、二つの文化、二つの価値観、二つの生活様式の融合でもあります。日本人とベトナム人のカップルとして歩む道には、言語の壁から食文化の違い、家族観の相違まで、様々な挑戦が待ち受けています。しかし、それらを乗り越えることで得られる豊かな経験は、私たちの人生に計り知れない価値をもたらしてくれました。

## 出会いから結婚まで

私たちの出会いは偶然でした。共通の友人の紹介で知り合い、最初は言葉の壁に苦労しましたが、お互いの文化に対する好奇心と尊重の気持ちが、その障壁を徐々に取り払っていきました。デートを重ねるうちに、異なる文化を持つ相手との時間がいかに刺激的で新鮮であるかを実感するようになりました。

婚約から結婚に至るまでには、様々な手続きが必要でした。在留資格の申請、婚姻手続きの二重プロセス(日本とベトナム両国での手続き)、そして家族への紹介と承認など。特に書類関連では専門家のサポートが不可欠でした。リバティトレインさんのような国際結婚に詳しい行政書士事務所に相談したことで、複雑な手続きもスムーズに進めることができました。

## 文化の違いを乗り越える

結婚生活では、日常の小さなことから大きな価値観まで、様々な「違い」に直面します。

食文化の違い

ベトナム料理の魅力に惹かれながらも、毎日のフォーやブンという麺料理、ニョクマム(魚醤)の強い香りに最初は戸惑いました。一方、パートナーは日本の納豆や生魚に最初は「絶対に無理!」と言っていましたが、今では二人で寿司を楽しむようになりました。

お互いの国の料理を学び合うことで、私たちの食卓は日本とベトナム、そして私たちだけのオリジナル料理で彩られています。休日には一緒に市場へ行き、新鮮な食材を探す時間も大切な思い出です。

言語とコミュニケーション

言葉の壁は最も大きな課題でした。最初は英語と翻訳アプリを駆使していましたが、お互いの言語を学ぶ努力を続けた結果、今では日本語とベトナム語を混ぜた私たちだけの「家庭言語」が生まれています。

言葉だけでなく、非言語コミュニケーションの違いも面白いものです。ベトナムでは感情表現が豊かで直接的なのに対し、日本的な遠回しな表現や「空気を読む」文化に、パートナーは最初は戸惑っていました。

家族関係の違い

ベトナムの強い家族の絆と、日本の比較的独立した家族観の違いも、調整が必要でした。ベトナムでは親族全員が集まる機会が多く、家族の意見が重視されます。日本の「干渉しすぎない」文化とのバランスを取ることは、今でも継続中の課題です。

毎年の帰省計画や、将来の親の介護についての話し合いなど、文化的背景による価値観の違いを理解し尊重することが、私たちの関係の基盤となっています。

## 二つの文化を持つ家庭を築く

私たちの家庭は小さな「日越文化センター」のようです。壁には日本の浮世絵とベトナムの伝統工芸品が並び、本棚には両国の文学作品が収められています。

祝祭日と伝統行事

正月は日本の「お正月」とベトナムの「テト(旧正月)」の両方を祝います。おせち料理とバインチュン(もち米の菱形ちまき)が同じテーブルに並ぶ光景は、私たちの家庭ならではのものです。

それぞれの国の伝統行事を大切にしながらも、「これは続けたい」「これは私たちのスタイルで変えてもいいかも」と話し合いながら、私たち独自の家族の伝統を作っています。

子育てとアイデンティティ

子どもたちには両方の文化と言語を伝えることを心がけています。バイリンガルの絵本を読み聞かせ、両国の童話や歌を教えています。子どもたちが「自分はどこの国の人?」と聞いてきたときには、「あなたは日本とベトナム、二つの素晴らしい文化を持つ特別な存在なんだよ」と伝えています。

## 国際結婚で得られたもの

異なる文化を持つ人との結婚は、時に困難を伴いますが、それ以上に多くの贈り物をもたらしてくれました。

視野の広がり

一つの文化の中だけでは気づかなかった新しい視点や価値観に触れることで、物事を多角的に見る力が培われました。「当たり前」だと思っていたことが実は「文化的な選択肢の一つ」だったと気づく瞬間は、とても啓発的です。

柔軟性と忍耐力

文化的な違いに直面するたびに、私たちは理解し、適応し、時には妥協する術を学びました。この経験は、人生のあらゆる局面での困難に対処する力となっています。

コミュニティの広がり

国際結婚を通じて、同じような環境にある友人たちとのネットワークが広がりました。異なる国際カップルとの交流は、私たちだけでは得られなかった知恵や情報、そして心の支えをもたらしてくれています。

## おわりに

日越国際結婚の道のりは、時に険しく、時に混乱に満ちていますが、その分だけ学びと喜びに満ちています。二つの文化の間に立ち、時に橋渡し役となり、時に文化の翻訳者となることは、私たちの日常であり使命でもあります。